カテゴリ:人間として( 191 )   

ホームレス中学生   

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一気に読めました。
涙あり、笑いありの物語だけど、その中にはどうしても欠かすことの出来ない人間ドラマ。
人と人との関わり、色んな所で助けてもらった周りの人達。
人の情けが無かったら彼らは生きていけなかっただろう。

こんな重い人生を生きてきて彼は今居る。
「解散」と言われて一家離散の元となった父親をもあたたかい目で見て会いたい、会って親孝行したいと言う。
人の暖かさを知って生きてきた重み、これは何にも代え難い彼の財産である。
不運の連続の中でつかめた幸運、本当にチャンスは前髪にしか無い。

久しぶりに良い本に巡り会えました。
公園に住んでいたというショッキングな事よりも、その後の人との関わりそれらを大事ににした事で今に至るのでしょう。

人との関わり、人生に悩んでいる人達に是非読んでもらいたいのだが......。
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by e_jovanni | 2007-10-05 23:23 | 人間として

何で私的制裁するのか?   

Excite エキサイト : <万引き>懲らしめた男性死亡、スーパー店長逮捕 千葉

 こういうのにあまり反応したくないのだが、こんな事で切れてたら普通店長なんて出来ないと思うのだが。
このスーパー、そんな切れやすい暴力店長を雇っていたという事で皆怖がって客が減るのが目に見えて来る。
処分は警察に任せれば良いのであって、店長にはそんな権限は無いでしょう。
もしかして暴力団のスーパーですか。
手加減を知らないのは最近の子供たちに多いですが、こんな世代までとは。

合掌。

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by e_jovanni | 2007-09-05 23:37 | 人間として

矛盾?   

Excite エキサイト : <司法修習>過去最多71人が不合格 受験者1468人
Excite エキサイト : 弁護士にも格差社会到来 将来、失業の大量発生は必至!

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 痴漢裁判に関連して少し裁判員制度に触れたが、どうも私が思っていたアメリカの陪審員制とは違う様である。
この映画でも触れている様に裁判官が余りにも事案を抱え過ぎて十分な審理が出来ないという現状に対して、これだけの不合格者を出すといのは何か矛盾だらけである。
どうもこの裁判員制度が始まってもイニシアチブは裁判官にあるのではないでしょうか。裁判官の思うがままに動いてくれる裁判員をチョイスしてしまうのが人間の心情として当然の事と思える。
粗製乱造は当然ダメであるが、その補充を裁判員に求めてもそれは彼ら裁判官の言い分を正当化するだけに過ぎないのではなかろうか。
もう一つ分かっていないだけに次の機会にまた掘り下げてみたいと思う。

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by e_jovanni | 2007-09-03 23:36 | 人間として

長い長い人間の営み。   

Excite エキサイト : 古都の夜に炎の文字 京都で五山送り火

 NHKスペシャルで久しぶりに「大文字五山送り火」を見て久しぶりに感動しました。
長い長い人間の営みがこの伝統を引き継ぎ都に残ったお盆の送り火。
今迄お盆の送り火としか認識していなかったが歴史の重みに私もまた今は亡き人たちを想った。

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ずいぶん昔に一度だけ見に行った事が有るが、その時も北の方で何か知り合いのビルの屋上で見たのでそんなに記憶は無いのだが、やはり全てを見る事は出来ないんですね。
「妙法」が日蓮宗とかいうのは初めて知りました。
「船形」「左大文字」「鳥居形」これらも興味深い伝統が有りますね。
一度はじっくり見てみたいものです。

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by e_jovanni | 2007-08-17 00:42 | 人間として

よかったですね。   

Excite エキサイト : コウノトリが野生へ巣立ち 兵庫の郷公園

台風が来そうだから心配してたんですが無事巣立ち出来て良かったです。
久しぶりにいいニュースだと思います。

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いい画ですね。
これが日常の事になってくれる事を望みます。

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by e_jovanni | 2007-07-31 23:20 | 人間として

早過ぎます。   

Excite エキサイト : <小田実さん死去>市民の視線貫く 国動かした行動力

憲法を変えようとする動きのある今の時代にこそ必要な人だったのではないだろうか。

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結構近くでお見かけする機会が多く有ったが、お話させてもらう事は無かった様に思う。
あの「ベ平連」の時代、あの時代の人達が段々消えて行く。
あの時代も一つ彼に総括してもらいたかったなあ。


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あの時代の写真がほとんど無いですね。
とにかく惜しい人を無くしてしまった。
残念です。
合掌。

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by e_jovanni | 2007-07-30 23:47 | 人間として

なぜ隠すのか?   

Excite 中村ゆり、南果歩「カミングアウト」 「在日」隠す芸能界に異変

一昔前だったら問題になってたかも知れませんが、今の時代問題にする人は少ないのではないでしょうか。
最初から在日何世とか公表するのは、日本では未だ偏見が有る様なので無理かも知れませんね。これが他の国だったら何の問題も無く宣言出来るのでしょうが。
まだまだおかしな国ですね。
しかし、今の様子だと次の時代には笑い話になりそうだと思います。
もう少し時間が必要でしょう。

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by e_jovanni | 2007-05-30 23:01 | 人間として

彼の名前をお忘れなく!!   

Excite <天皇、皇后両陛下>リトアニア着 杉原千畝氏の記念碑訪問

以前に彼のドラマを観た感想をupしていたが、もう外務省は彼の功績を認めているんですかね。
日本よりもかの国リトアニアの方が有名であり、永遠に残る名前です。

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彼の名前は、杉原千畝。
第二次世界大戦中の外交官。
ナチスの迫害から逃れてきた6千人にも及ぶユダヤ人の命を
独自の判断でビザを発給し、救出した偉大な人物。
昭和15(1940)年7月27日早朝、カウナスの日本総領事館の前に異様な光景が広がっていた。領事館の窓から外を見ると、2百人とも3百人ともいう人の群れが押し寄せていた。異変に気づいた千畝は使いの者に様子を探らせ、彼らがポーランドからナチスによる迫害から逃れてきたユダヤ人達であることがわかった。千畝は彼らの中から代表者5人を呼んで詳しく話を聞くことにした。彼らの要求はよその国へ逃れるために、日本通過のビザを発給して欲しいというものであった。当時ポーランドの周辺はほぼドイツに包囲され、彼らが生き延びるためには、リトアニアから、ロシア・シベリアを通り、日本に渡って、上海やアメリカなどへ逃げるしかなかった。日本政府が「日本通過ビザ」を発給すれば、彼らの命は助かるのである。千畝は事の重大さに気づき、早速本省へ彼らにビザを発給してもよいか、との電報を打った。文面はおおよそ次のようなものだった。

1・人道上どうしても拒否できない。
2・パスポート以外でも、形式に拘泥せず、領事が最適と認めたものでよい
3・通過ビザの性質を失わないため、ソ連横断日数20日、日本滞在日数30日を申請する。

しかし、本省は拒否してきた。千畝はあきらめずにもう一度電報を打ったのだが、二度目も拒否してきたのである。もし、これに背けば、身に危険が襲ってくる。

千畝は、信念を曲げる事が嫌いであった。悩んだ揚げ句、独自の判断でビザを発給する事に決めたのである。7月31日、再びユダヤ人の代表5人を呼び、ビザを発給する旨を伝えた。但し、行き先国の入国許可を取得したものに限るという制限付きであったのだが、その日以来、日夜ユダヤ人達にビザを書き続けた。8月3日にリトアニアがソ連に併合されたため、領事館を撤退しなければならなかったのだが、とても片付く気配はなく8月28日に撤退するまでおよそ4千5百枚、人数にして6千人ものユダヤ人に、ビザを書き与えたのである。次の任地、ベルリンへ出発する直前の汽車の中でも書き続けたといわれている。

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by e_jovanni | 2007-05-26 23:50 | 人間として

泣きなさい、笑いなさい   

Excite 江角マキコの弟昨年がんで死去

朝日新聞でその日の朝、この記事というか手紙ですね、これを読んで朝から涙、涙です。
父親も同じ様な歳で亡くなり、その為に大学へ行く夢を捨て弟や妹たち家族の為に働き、やっと皆が新しい家族を作ってさあこれからという時に同じ様な運命が弟の家族に襲いかかる。
一年を経て漸く、「今日がある。そんな当たり前のことが私たちにとっては幸せです」という心境に達した彼女。

そういう方々に五木寛之氏の言葉を贈りたいと思います。

「泣きなさい、笑いなさい」
「人は人として涙を流す、それは自然のことなのさ」
 泣くことと笑うことは、片方がプラスで、片方がマイナスということではない。私たちは悲しむこと、泣くことでも自分たちの命を活性化することができるのです。


またこんな言葉も.......

 人間は死んでいく存在なのだ、人間の一生はそれほど長くないものだ、人間の人生とはむしろ挫折や絶望や幻滅に彩られたものなのだ、という一種の覚悟のようなものが、両親の思いがけない死によって私のなかに早くから根づくことになったと思う。
 踏んだり蹴ったり、という言い方がある。しかし、人生はしばしば「踏まれたり蹴られたり」がつづくものだ、というのが私の持論としてある。
 そんなふうに考えると、生きていくということは、なんとつらく苦しいことなのか、と思わずため息が出てしまう。生きる希望はあるのか、という、絶望的な気持ちになるかもしれない。
 しかし私は「人間とは不自由な存在である」、「人が生きるというのは苦しみの連続なのだ」と覚悟するところからはじまる生きかたというのがある、と思うのだ。
 私たちは人間として地上に生まれたときからそれぞれの運命を背負っている。そして、どんなに長くとも、百年前後でこの世界から退場する、という運命をあたえられている。


この続きは、また別の機会に...........

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by e_jovanni | 2007-05-21 22:42 | 人間として

未だに「砂の器」の世界が?   

Excite <ハンセン病学会>療養所の存続が最大テーマに

「らい予防法廃止法」でもうほとんどの問題は解決したのかと思っていた。
社会の偏見は残るにしても療養所の問題も残っているとは認識不足でした。
施設を一般開放というのは、療養所をハンセン病の患者だけに限らず色んな病と闘う患者に解放するという事ですね。
施設の存続と、偏見の解消という意味では一番の解決策だと思います。
早急に対策を取らないと、患者の高齢化により施設の存続が危ぶまれているだけに更に困難な事になると思われます。

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by e_jovanni | 2007-05-12 23:56 | 人間として