忘れてはならない   

Excite エキサイト : オシム「忘れてはならない」倒れる3日前に綴った思い


 以前にも、サラエボとオシム監督の事で書いた事があるが、彼の地で起きた悲劇...これは私たち人類にとっても忘れがたい事であろう。
決して風化させてはいけない事であり、未だに忘れがたい事実である。
現実に今でも世界のどこかで悲劇が繰り返されている。

いい加減に止めないのか。

いかに人間は罪深いか。

戦争を肯定する人はそういう所に身を置いてみるがいい。
実際に参加しなくともどれだけ今が平和かと思い知らされるでしょう。


「サラエボの花」これは全人類に観てもらいたい映画でもある。
しかし、あまりにも公開される劇場が少ないのが残念です。
何としても観に行きます。







 「サラエボの花」あらすじ エスマ(ミリャナ・カラノヴィッチ)は12歳の娘サラと2人暮らし。サラは修学旅行を心待ちにしている。ところが、戦死したシャヒード(殉教者)の遺児は旅費が免除されるというのに、エスマはその証明書を出そうとしない。不信感を抱く娘に、母はついに出生の秘密を打ち明ける…。
 サッカー日本代表のイビチャ・オシム監督(66)が、倒れる直前に熱いメッセージを1本の映画に寄せていた。ベルリン国際映画祭グランプリの金熊賞に輝いた「サラエボの花」。オシム監督の故郷、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボを舞台にしている。

 1992年、ユーゴスラビア解体の中で勃発したボスニア紛争。民族と宗教が複雑に絡んだ戦いは3年半に及び、死者は約20万人、難民は200万人を超えた。“民族浄化”の名の下に、約2万人のムスリム人女性がセルビア兵から集団レイプもされた。

 この映画の主人公もそんな1人で、中絶もかなわずに娘を出産する。紛争が終結して12年。いまなお癒えない心の傷が描かれる。

 原題は「GRBAVICA(グルバヴィッツァ)」。サラエボ中心街の西に位置する地区名だ。オシム監督は隣町のフラスノ地区で生まれ育った。そしてサッカー人生の第一歩を踏み出したのが、グルバヴィッツァにあるサッカークラブ「ジェレズニチャル・サラエボ」だった。

 内戦時は仕事でベオグラードにいて戦火を免れたが、夫人と長女はサラエボを脱出できず、2年以上も離れ離れの生活を余儀なくされた。

 メガホンを取ったヤスミラ・ジュバニッチ監督(32)とは同郷で、旧知の仲。彼女が9月下旬に来日した際は、オーストリア遠征中のオシム監督に代わり、長男でJ1ジェフ千葉のアマル・オシム監督が駆けつけ旧交を温めたという。

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by e_jovanni | 2007-12-01 22:57 | 人間として

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