残念です。   

Excite YS11、30日引退 唯一の国産旅客機、41年で

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本日引退。
機体への衝突防止装置設置を義務づけた航空法改正により、改修経費の関係で2006年9月30日のラストフライトをもって日本国内の民間定期路線より引退する。
という事は日本以外ではまだ飛んでいるんだ。
またどっかで会えるかも。
国策で作られた唯一の国産旅客機であるけれども、末路は国策会社であるがゆえの終焉であったようだ。
総勢182機が生産されたが、販売網がうまく構築できないままで、予想より売上が伸びず、また第二次世界大戦後の日本では初めて作った機体のために実績がないため、足元を見られて値下げを続け、原価を割った価格で販売することもめずらしくなかった。また、宣伝費などの販売、営業関連費を初期コストの中に換算していなかったなど、原価管理も杜撰であったと言われている。


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確か二度ほど乗った事があると思うけれど、プロペラ機というのはなぜか安心感がありますね。ホントに一生懸命プロペラを廻して飛んでいると思うといとおしくなります。
一度目は昔、幹線の羽田-伊丹で臨時便に乗せられた時がそうだったと思う。
二度目はローカル線で乗ったのかな。
いずれにしても、もう会えないというのは寂しくなりますね。






 唯一の国産旅客機YS11が、30日夕の沖永良部−鹿児島間の日本エアコミューター(JAC)便を最後に日本の定期航空路線から姿を消す。1965年の初就航から41年。日本のローカル路線を中心に、世界各地の航空会社でも導入され「丈夫で長持ち」と評された名機の引退を関係者は惜しむ。
 「国内には戦闘機の開発経験者しかおらず、旅客機の開発は苦労の連続だった」。こう振り返るのは59年4月、製造会社の日本航空機製造(日航製)に富士重工から出向し、設計を担当した鳥養鶴雄さん(75)。
 運航開始後も、湿気対策や手荷物入れの高さ調整など、航空会社から次々と出される要望に頭を悩ませた。「国産機育成のため、日航製と航空会社が一体になって取り組んだ。そんな時代だった」と懐かしむ。

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by e_jovanni | 2006-09-30 23:22 | 人間として

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