なぜかソクラテスを...   

Excite 中田氏NY拠点で空間デザイナー

中田を見てるとブラジルのソクラテス(Socrates)を思い出してしまう。d0040314_2318442.jpgその当時の事はそんなに詳しくはないけれど、ジーコと共に戦ったギリシャの哲学者の名を持つサッカー界きっての知性派。
プロサッカー選手になる前は医学生だった。
 その知性はサッカーにおいても存分に発揮され、セレソンの頭脳として重要な地位を担うことになる。190cmを超える長身でありながら足元のボールさばきは抜群に巧く、黄金の中盤の1人としてサッカー界を圧巻した。
 海外のクラブでの活躍は無かったが、コリンチャンスでの彼のプレーはブラジル国民を大いに楽しませた。1982年ワールドカップのイタリア戦では不運に見舞われ敗退するが、そんなことでソクラテスの名誉は傷つきはしなかった。今でも1982年のブラジルの黄金の中盤はサッカー史上最高のカルテットとして多くの人々の心に残っている。
 プロサッカー選手を引退した後は医師として第二の人生をスタートさせた。


なぜか中田のクールさと共通点を見いだしてしまのはおかしいだろうか。







ソクラテス(元ブラジル代表主将)

「技術的には中田英、精神的には稲本」

d0040314_23225516.jpg ソクラテスは日本が98年仏大会に初出場した時、ブラジルのメディアに「日本にはナカタという優れた選手がいる」と語った。ブラジルにいながら、日本の将来を見抜いていた一人である。あれから日本代表は強くなったのか。ジーコとともに80年代のブラジル代表を支えた名MFに聞いた。
――日本代表が98年W杯のアジア予選を勝ち抜いた時、私はあなたに日本代表のビデオを渡して試合を見てもらいました。
「そうだったね。覚えているよ。あのビデオで中田英寿のことを知った。中田は、あの当時から目を引く存在だった。動きのいいバルデラマ(元コロンビア代表司令塔)という感じだった。ブラジルのどこのチームに来ても、彼は“10番”をつけられる選手だった」
――ジーコが代表監督になり、日本の戦いについてはどう思いますか?
「(05年6月の)コンフェデレーションズ杯はブラジル国内でも放映していた。ジーコが中田を中心にチームをつくろうとしているのは成功だと思う。日本のすべての試合を見ているわけではないので、はっきりとは言えないが、ボクが見た限りでは、中田が少し下がり過ぎだ。中田から得点につながるパスが出ていなかった。(中盤の)後ろで守備をするのはいいけれど、彼の能力を生かすのはもう少し前のポジション。攻撃にもっと力を割いたほうがいい。中田を守備で使うのはもったいない。ジーコはもちろん、そのことに気が付いているとは思うけど」

――中田英以外に目に付いた選手は?
「02年日韓W杯では(守備的MFの)稲本が良かったと思った。技術的には中田の方が優れている。ただ、精神的には稲本がいいものを持っているように思った。(決勝トーナメント1回戦の)トルコ戦で彼を前半だけ使って、後半に外したことは、まったく理解できなかった。極端な言い方をすれば、片足だけでもいいから、ピッチに彼を残しておいたほうが良かった」
――精神的支柱が必要ということですね。
「実はサッカーというのは、精神的なものが大きい。リーダーが必要になってくる。リーダーにふさわしい選手とは、簡単に言えばPK戦になった時に最後(5人目)に蹴る選手のことだ。最後に蹴るというのは、最終的にすべての責任を負う選手だ。1人目、2人目の選手が外したとしても、まだ挽回ができる可能性がある。しかし、5人目の選手には挽回の余地がない。チーム全員から信頼される選手でないと5番目は任されない。そうした選手が、チームには絶対に必要なのだ」
――稲本の中にその可能性を見たと?
「そうだね。あと日本代表にもう1人、中田レベルの選手がいたら大きく変わるだろう。1人が中盤の前め、もう1人が後ろめのポジションに入れば相手のマークが分散し、攻撃しやすくなる」
――ジーコは「もう1人の中田英」としてMF中村に期待しているように思えるんですが。
「中村? コンフェデ杯を見る限り、それほどでもなかった。ただ、ジーコは選手を“見る目”がある。彼がそう考えているのならば期待できるだろう。本大会まで中村に注目してみよう」


現役引退を表明したW杯日本代表MF中田英寿氏(29)が、空間デザイナーに転身する可能性が出てきた。中田氏は昨年、米ニューヨークにビルを購入し、世界的な建築家の安藤忠雄氏(64)とともに内装をアレンジするなどデザインに強い関心がある。今後は拠点をニューヨークに置き“第2の人生”を送る計画を立てている。

 ユニホームを脱いだ中田氏が次に目指すのは空間デザイナーになりそうだ。4月に青山にオープンした「nakata・net・cafe」をプロデュースするなど、現役時代からデザインに強い関心を示していたが、安藤忠雄氏との“共同作業”が今後の指針となった。

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by e_jovanni | 2006-07-08 01:00 | 人間として

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