海外取得、まだ無理なんですか?   

Excite 被爆者手帳の海外取得を 8者協が制度改正要望へ

未だに解決できてないんですか。
せめて、その方向には進んでると思ってましたが。


d0040314_22555611.gif被爆者手帳の申請

直接被爆した人だけでなく、後から中心地に入った人や救援した人も受けられます。
 被爆者健康手帳は現在も申請できます。手帳が受けられる条件は、次の4つのどれかです。
 被爆者健康手帳を申請するには、必ず2人以上の「証人」が必要だと思っている人がいますが、本人が詳しく当時の状況を書いたり、在学証明や軍歴、在職などの証明をつけることなどで手帳が交付される場合もあります。
(1) 1号…直接被爆:原爆投下のとき広島・長崎の下記の地域にいた人
広島
当時の広島市内全域
安佐郡祇園町
安芸郡戸坂村のうち狐爪木
安芸郡中山村のうち中、落久保、北平原、西平原、寄田
安芸郡府中町のうち茂陰北
長崎
当時の長崎市内全域
西彼杵郡福田村のうち大浦郷、小浦郷、本村郷、小江郷、小江原郷
西彼杵郡長与村のうち高田郷、吉音無郷
(2) 2号…入市被爆:原爆投下の日から2週間以内に、爆心地から2キロ以内の地域に入った人
広島=投下後〜1945(昭和20)年8月20日まで
広島の爆心地から2キロのめやすは広島駅、神田橋、県立工業、私立商業などです
長崎=投下後〜1945(昭和20)年8月23日まで
長崎の爆心地から2キロのめやすは金比羅山、西坂国民学校、稲佐国民学校などです
(3) 3号…救援・黒い雨など:1号・2号以外に原爆放射能を身体に受ける状況にあった人
近隣の地域で救援・治療・看護にあたった人
黒い雨地域の地域で被爆した人(第一種特例受診者)のうち、健康管理手当が受けられる病気にかかった人
(4) 4号…胎内被爆:1号〜3号被爆の人(母親)の胎内にいた人
広島=原爆投下後〜1946(昭和21)年5月31日まで
長崎=原爆投下後〜1946(昭和21)年6月3日まで
に生まれた人で、実母が上記の1〜3号に該当する人


証人も要らないし、十分可能だと思いますが。
あいも変わらず役人仕事ですかね。






 広島、長崎両県市の首長と議長でつくる「広島・長崎原爆被爆者援護対策促進協議会」(通称・8者協)が、被爆者援護法に基づく被爆者健康手帳を海外で取得できるよう、国に制度改正を要望することが6日、分かった。
 国は昨年11月から、すでに手帳を持っている被爆者の手当受給の申請は、在外公館で受け付けられるよう制度改正したが、手帳そのものは来日しないと取得できない。
 8者協は毎年、国に被爆者援護の充実を求めているが、手帳の海外取得を要望するのは初めて。
 現在の制度では、手帳を持たず日本への渡航が難しい重病や高齢の在外被爆者は被爆者援護法に基づく援護を受けられない。広島地裁で韓国人被爆者が、国外で手帳を取得できないのは違法だとして係争中のほか、大阪や広島、長崎で海外からの手帳取得の申請が相次いでいる。

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by e_jovanni | 2006-07-07 01:00 | 人間として

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