司法制度も改革?   

Excite エキサイト : 社会ニュース <明石歩道橋事故>警備責任者の署長ら不起訴処分、捜査終結

 司法制度改革の一環で04年5月、検察審査会法が改正され、2度の起訴相当議決は法的拘束力を持ち、必ず起訴するようになった。しかし改正法は施行日がまだ決まっておらず、神戸地検の対応が注目されていた。
という事で、神戸検察審査会が2度にわたり起訴相当と議決したのにこの結果。
これでは今後検察への不信、更には司法制度そのものへの不信に繋がってくるのではないだろうか。
当時の明石市幹部3人と警備会社支社長、明石署地域官の計5人を起訴しているのに、元署長らは不起訴になったという事は検察、警察への更なる不信に繋がってしまう、残念な事です。

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事故当日の状況に関して書かれていたので紹介させてもらいます。

明石の事故について、今後のこともあるので、少しだけ書かせていただきました。亡くなられたこどもの声を代弁します。

警備とか、警察とか、救助方法などいろいろ悪いと言われていますが、最大の事故原因は、なぜ橋の上で人が止まってしまったのかです。私は、1時間前、朝霧駅のホームにつきました。既に人はいっぱい。
考えるまもなく、電車は行ってしまいます。でもホームに並んでいるのは、改札を出るための渋滞と思い、少しずつ動くので、取り合えず、改札を出ることにしました。時間にして10分ぐらい。そんなにたいしたことなく改札を出ることができ、帰りの切符を買うのも、大阪駅でJRの切符買うほど並んでもいなかったので、帰りの切符を買って、それから歩道橋です。私は子供3歳5歳2人をつれていましたが、時間はゆっくりあるので、ゆっくりでも進めば海岸につくとおもい、歩道橋を渡ることにしました。真中辺りからほとんど進まなくなりました。5歳のこどもは歩かせていたのですが苦しいと言い出したので、(酸欠か、暑さ)抱っこしました。その状態で、少しずつでも前に行くことを試みました。
4分の3ぐらい渡った辺りで花火が始まりました。みなさん花火どこに見えたとおもいます?橋の真正面(橋の天井)です。私はびっくり!もっと西と思っていたのに。
でなんとか人ごみをすり抜けながら、海岸までたどり着くことが出来ましたが、階段を下りる人は1列だけでみんな止まってしまっています。歩道橋の下では、人がいっぱいで、橋から渡ってくる人が降りられるスペースなどありません。その30m離れると、芝生でけっこう空間が空いています。私はそこまで行って花火を見ました。
花火をもっと西向き300mのところで行なっていれば、人は立ち止まらず、歩道橋で立ち止まっていなかったと思います。カウントダウンのときは私は行かなかったのでわかりませんが、花火はたぶん同じ場所と思います。
想像ですが、カウントダウンは夜中なので、今回みたいに小さなこどもは少なかったのと、気温が低かったとおもいます。
しかし今回は小さなこどもの夢ですから、こども沢山行きますよね。この辺りが大きな違いではないでしょうか。
それから、橋の上で押したといいますが、止まっているのはみんな押していないんだよ。押したら動きます。花火が終わって、スムーズに海岸に行った人が、帰り方向に向かって橋を渡ろうとしました。この人たちは、橋の上の状況は知らないから。私など、いま渡ってきたところに行く気もしない。このとき帰る人を30分待たせるか、大回りすれば助かったかな。(あとの後悔)
橋の上の人は、いままで橋の上で命かながら、辛抱して進むのを待っている人に向かって、逆向きに帰れでしょ。おまけに押してこられると、いよいよ、押し合いになったんだと思います。このときは橋の上ではないので想像です。凄かったとおもいます。

しばらくして、子供が倒れているのが目の前です。どこから運ばれてきたのかもわからなかったのですが、
救助できる方応援要請の消防車のマイクで、私は飛び出し、こども達の人工呼吸をしました。
このときは、なぜこどもが意識不明の重体かはわからず、私が橋を渡った経験から、暑さと酸欠と思っていました。とにかく小さい子供ばかりだったので、そう思いました。
救急車が3人乗せて病院に運ばれてからも次から次と、重体のこどもです。2車めが出発してもまだ、運ばれてきます。人工呼吸も次から次とです。
今度は消防の指令車(ワゴンタイプ)の車で、こどもは運ばれました。しばらくすると、パトカーが、タクシー状態で負傷者を運びました。本当にたいへん。このとき看護婦さんと思われる方3人、医療関係と思われる方1人はてきぱきと私にアドバイスしていただきました。南側で、必死に頑張っていました。一人の看護婦さんは、1台目の救急車でいっしょに乗って蘇生しながら病院までついて行きました。私のこどもも気になりながら、とにかく人命救助は、みんな一生懸命でした。
掲示板では、親が悪い、歩道橋渡ったものが悪い、警備が悪い、など人ばかり責めているけど、花火の位置がもっと西であれば人が流れたとおもうのが、残念。
場所的な、全体の位置が問題であったように思う。現場で、警備、ハンドマイクもなく、人を誘導する道具がないので、警備も人の誘導までは出来なかっただろうし、
また、橋の上の情報、私は警備の人に思いっきりいったけれども、伝わらなかったのだろう。
伝わっても、その場で判断できる人がいなかったんだろう。このあたりは私はわからないけど、
橋の上の状況は言ったよ。橋の階段のところにいた警備員にも、本当に危ないよって。
そのあと本当になるとは(涙)


実際問題、ここの歩道橋はそれ以前のカウントダウンの状況を見ていて怖いものがありました。






 兵庫県明石市の花火大会で01年7月、見物客11人が死亡した歩道橋事故で、神戸検察審査会が2度にわたり起訴相当と議決した、当時の警備責任者の県警明石署長(63)と副署長(59)=いずれも依願退職=について神戸地検は23日、嫌疑不十分で改めて不起訴処分にしたと発表した。地検は同日、遺族らにも理由を説明した。業務上過失致死傷罪は来月21日に公訴時効(5年)を迎えるため、捜査はこれで終結する。

 不起訴処分は22日付。地検によると、調べに対し元署長らは、署内のテレビモニターで歩道橋の混雑状況を認識していたが「階段付近は人が流れており、現場からも『流入規制の必要なし』と報告があった」と供述した。こうしたことから規制の必要性を判断できる情報を持っていなかったとし、「具体的に事故を予見できなかった」と結論付けた。警備計画の策定段階についても、「規制の計画はあったが、現場が判断を誤った」などとして2人に注意義務違反はないとした。

 県警は02年5月、計画策定と当日警備の両方の過失を問い、元署長ら12人を同容疑で書類送検。地検は同年12月、当日の過失に限定し、当時の明石市幹部3人と警備会社支社長、明石署地域官の計5人を起訴し、元署長らは不起訴にした。

 遺族の申し立てで検察審査会は04年4月、起訴相当を議決したが、地検は同年9月、再び不起訴処分に。遺族が再度申し立て、05年12月に「市民感情に照らして納得できない」と、異例の2度目の起訴相当を議決した。

 司法制度改革の一環で04年5月、検察審査会法が改正され、2度の起訴相当議決は法的拘束力を持ち、必ず起訴するようになった。しかし改正法は施行日がまだ決まっておらず、神戸地検の対応が注目されていた。

 <明石歩道橋事故>

 兵庫県明石市の大蔵海岸で01年7月21日夜に開催された花火大会(同市など主催)で、会場とJR朝霧駅を結ぶ歩道橋上に見物客らが滞留し、群衆雪崩が発生。生後5カ月〜75歳の男女11人が死亡、247人が負傷した。神戸地裁は04年12月、業務上過失致死傷罪に問われた県警、市、警備会社の事故当時の幹部ら5人全員に有罪判決を言い渡した。4人が大阪高裁に控訴し公判中。10遺族が県警と市、警備会社の3者を相手取った民事訴訟では、神戸地裁が05年6月、3者に総額約5億6800万円の賠償を命じた判決が確定している。

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by e_jovanni | 2006-06-25 01:00 | 人間として

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