続くなあ!!   

Excite <訃報>今村昌平さん79歳=映画監督

次から次へと訃報が続くなあ。

•にあんちゃん (1959年)
•豚と軍艦 (1961年)
•にっぽん昆虫記 (1963年)
•赤い殺意 (1964年)
•エロ事師たちより 人類学入門 (1966年)
•人間蒸発 (1967年)
•神々の深き欲望 (1968年)
•にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活 (1970年)
•復讐するは我にあり (1979年)
•ええじゃないか (1981年)
•楢山節考 (1983年)
•女衒 ZEGEN (1987年)
•黒い雨 (1989年)
•うなぎ (1997年)
•カンゾー先生(1998年)
•赤い橋の下のぬるい水(2001年)


「神々の深き欲望」「復讐するは我にあり」あたりは記憶にあるけど、後は「黒い雨」ですかね。
浦山桐郎は彼の弟子であり、デビュー作の「キューポラのある街」は今村昌平が脚本を共同執筆したんですね、初めて知りました。
昔から見たいなあと思いながら、古いのは名作特集なんかで見たのですが、最近のは見逃してますからね。最近特に「うなぎ」が気になっていずれ見ようと思ってた所だったんですが。
晩年は映画学校を開校して人材を育てたのですか、どっちかと言えば寡作の人が多い様ですね。
日本映画も寂しくなってきました。

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合掌。







 「楢山節考」「うなぎ」で、カンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールを2度受賞したほか、「にっぽん昆虫記」「黒い雨」などバイタリティーあふれる作品で知られる映画監督の今村昌平(いまむら・しょうへい)さんが30日午後3時49分、転移性肝腫瘍(しゅよう)のため東京都渋谷区の病院で死去した。79歳だった。葬儀は6月6日午前10時、東京都渋谷区西原2の42の1の代々幡斎場。後日、お別れの会を開く予定。自宅は同区代々木3の39の4の406。喪主は妻昭子(あきこ)さん。葬儀委員長は俳優の北村和夫さん。

 東京生まれ。早稲田大卒業後、1951年松竹に入社し、小津安二郎監督の助監督を務めた。日活に移り、58年「盗まれた欲情」で監督デビュー。「豚と軍艦」(61年)や「にっぽん昆虫記」(63年)、「『エロ事師たち』より・人類学入門」(66年)など「重喜劇」と称した作品で人間の欲望と愚かさ、たくましさをユーモアを交えて力強く描いた。

 83年の「楢山節考」で最初のパルムドールを受賞。原爆後遺症に苦しむ人々を追った「黒い雨」(89年)では毎日映画コンクール日本映画大賞を受賞した。

 97年、「うなぎ」で2度目のパルムドールに輝き、同映画祭史上4人目の快挙を達成した。9・11テロをテーマに世界の映画監督が競作したオムニバス「110901/セプテンバー11」(02年)で撮った短編が遺作となった。

 75年、日本映画学校の前身となった横浜放送映画専門学院を設立して、初代校長に就任するなど後進育成にも力を入れた。長男は映画監督、脚本家の天願大介さん。

 ◇欲望とモラル表現

 ▽映画評論家、佐藤忠男さんの話 戦後の日本人がどん底からはい上がってきたエネルギーを「欲望」という形でとらえた。戦後日本映画を代表する監督だった。「楢山節考」や「うなぎ」では、人間の内側から発するモラルを表現したことが国際的にも評価された。日本の映画界が後進育成の役割を果たせなくなった時に、映画学校を設立した功績も大きい。


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by e_jovanni | 2006-05-30 22:28 | 人間として

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