余部鉄橋を思い出す   

Excite エキサイト : 社会ニュース <山形特急転覆>死亡者4人に 運転士「突風で車体浮いた」

風で脱線って、一番に余部鉄橋の事を思い出してしまった。
最初に聞いた時、あまるべって聞こえたからビックリしました。同じ名前の所で事故なんてと。
よくよく見ると、北余目(きたあまるめ)でしたが。


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1986年(昭和61年)12月28日午後1時24分、回送中のお座敷列車「みやび」 の客車7両が低気圧の通過に伴う突風にあおられ、余部鉄橋より転落し真下にあったカニ缶詰加工工場を直撃しました。この事故により、工場の5人と列車車掌の計6人が死亡、6人 が重傷を負いました。
 余部鉄橋の風速規制は、事故以前は25m/sとされていましたが、昭和63年5月に列車運行の安全性を確保するため規制値の見直しが行われ、20m/sに強化されました。
 この結果、山陰本線余部鉄橋の定時性は低下しています。



もう20年近くになるんですね。
事故の前も行った事あるし、後も訪れてます。
ここは、また地形的に風が通り抜けやすい所でしたので昔から怖い鉄橋でした。
鉄橋の側に集落、人家があり以前からもしも上から落ちて来たらどうなるんだろうとは思っていました。汚い話ですが、昔だったら列車のトイレはそのまま流してましたから、ここなんか頭の上から降って来たんでしょうね。

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------------記事より-----------
 山形県庄内町のJR羽越線で25日夜、秋田発新潟行き特急「いなほ14号」(6両編成)が脱線・転覆した事故で、26日までに先頭車両に乗っていた男女4人が死亡し、負傷者は33人に達し、23人が入院した。県警の調べに対して、鈴木高司運転士(29)は「突風で車体が浮き、そのまま脱線、転落した」と説明しており、突風が原因の可能性もあるとみている。同日午後、業務上過失致死傷の疑いで現場検証に着手、また、国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会も調査を始める。
 事故は午後7時14分ごろ、砂越(さごし)—北余目(きたあまるめ)間の最上川にかかる「第2最上川橋梁(きょうりょう)」(627メートル)付近で発生した。JR東日本によると、6両全部が脱線し、うち先頭の6号車から4号車の3両が線路の斜面の下に転落した。先頭車両は小屋に激突して「くの字」に折れ曲がって大破した。転落を免れた3号車と2号車の2両も上下の線路をふさぐように脱線している。橋梁から263メートルの地点で停止した最後尾の1号車も、前寄りの車輪が脱線していた。

 事故後の午後7時16分に車掌が業務用携帯電話で、同社に「激しい揺れがあって緊急停止した」と報告していた。同区間の最高速度は120キロだが、当時は100キロで走行していたという。列車は1両約40〜約49トン。ポイント故障のため、酒田駅を1時間8分遅れて発車していた。

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しかし、 余部も現在20mで止めてるのに他の危険な所を点検してないというのは全く事故の教訓を生かしていないんじゃないですか。

今日の夕刊を見てると車体が折れ曲がっていた。
尼崎を思い出してしまった。このBlogを始めた一つのきっかけは、尼崎の事故ですから何か今年は事故で始まって事故で終わるイヤな年になったなあ。
 尼崎には献花に行こうと思っているのだが、まだ大阪まで行く機会がないので行っていない。
一年になるまでにはと思っているのだけど。
福知山線も私がたまに利用してた頃は。非常にローカルな線であんなにあくせくしていなかったし沿線の光景はよく覚えてるし、震災の時はよく利用したものですが。

危なそうな箇所は全て点検して基準を見直して欲しい。それが事故の教訓です。

亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。

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by e_jovanni | 2005-12-27 00:06 | 人間として

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