異才 寺山修司   

Excite エキサイト : 芸能ニュース よみがえる寺山修司…幻のラジオドラマCD化

異才というべきか、奇才というべきか懐かしい寺山修司。
この人も若くして亡くなってしまった。天才的な人は早い。
1983年、東京都杉並区河北総合病院にて、肝硬変で死去。享年47。
もう、そんな昔になるのですか。
昭和も終わりになろうとする頃ですね。
1967年(昭和42年)演劇実験室・天井桟敷を結成。
この頃の彼はさすがに知りませんが、あの高揚期の頃は「書を捨てよ町へ出よう」を覚えています。すごく触発されたものです。
詩人と言えば彼の名前が一番に出てくるほど何か気になる存在でした。

マッチ擦る つかのま海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや
海を知らぬ 少女の前に麦藁帽の われは両手を広げていたり
君のため 一つの声とわれならん 失いし日を歌わんために


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d0040314_222720100.jpg「書を捨てよ町へ出よう」は確か見たと思っているのですがちょっと思い出せない。
最近、DVDで「田園に死す」(1974)を見ましたが昔見た記憶が蘇って来ました。
これもATG作品だと思うのですが、今見ても不思議な世界ですね。彼にしか出来ない世界です。自叙伝ですか、昔はそんな事思わずに結構あの世界に入り込んでしまっていたなあ!
そう、これを見て東北へ行った。というのは冗談ですが、この前に恐山へ行きあの何となくおどろおどろしい雰囲気を味わい、この頃には太宰にあこがれてはるか三厩まで一人旅です。



今回、調べてみて驚いたのは、この歌の作詞が彼だったとは全く知らなかったですね。
ザ・フォーク・クルセダーズが歌って一世を風靡した(のかな?)この曲。
戦争は知らない

寺山修司 作詞
加藤ヒロシ 作曲

野に咲く花の名前は知らない
だけども野に咲く花が好き
ぼうしにいっぱいつみゆけば
なぜか涙が涙が出るの

d0040314_22365215.jpg戦争の日を何も知らない
だけど私に父はいない
父を想えばああ荒野に
赤い夕陽が夕陽が沈む

いくさで死んだ悲しい父さん
私はあなたの娘です
二十年後の故郷で
明日お嫁にお嫁に行くの

見ていて下さいはるかな父さん
いわし雲とぶ空の下
いくさ知らずに二十才になって
嫁いで母に母になるの


この歌聞くと、たまらなっかたなあ!!
今、聞いても古くないしCDを探してみるか。
「昭和は遠くなりにけり」ですか。
しかし、寺山修司は永遠に残るでしょう。


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by e_jovanni | 2005-12-15 23:00 | 人間として

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